アーリーリタイアをするなら贅沢は諦めなくてはならない。
何となくよく聞く話ではあるのですが。
そもそも贅沢しない質素な生活とは、どれぐらいの支出レベルを言うのだろうか。
例えばRanpaの場合、月に20万円ぐらいの支出ですが、これは質素な生活になるのだろうか。
贅沢の定義
贅沢は諦めなくてはならない・・・と言っても贅沢の定義は難しいですね。
欲しいものを我慢してはいない・・・となるのかもしれません。
しかし、特に欲しいものはない・・・という人も多いのではないだろうか。
そうであれば、そもそも贅沢することが出来ないとか。
欲しいものが無い
お金を余らせている高齢者の多くは、特に欲しいものがないとか、だいたいのモノは既に持ち合わせているようにも思えます。
若しくは、お金が余っているから高級車を買うなど、それほど欲しくもないモノにお金を使って贅沢感を味わうとか。
欲しいものを我慢して諦めている人は少なく、それなりに満ち足りている人が殆どではないだろうか。
しかし、それなりに満ち足りているだけでは贅沢とは言えないのだろうか。
贅沢は必要
贅沢するにはいくら必要か・・・は、考えてみると意外に難しい問題ですね。
アーリーリタイアをするなら贅沢は諦めなくてはならない・・・についても、それが正しいのか間違いなのか、答えは無いのかもしれません。
支出額が同じでも、贅沢していると感じる人もいれば、質素だと感じる人もいるのかも。
アーリーリタイアをするなら贅沢は諦めなくてはならない・・・と、決めつけるのは間違いなのかもしれませんね。
興味がある方はこちらもどうぞ。。関連ブログ。
にほんブログ村 セミリタイア生活 にほんブログ村 配当・配当金 にほんブログ村 FIRE |