アーリーリタイアする・しないは究極の選択ではない理由

2021年7月28日水曜日

アーリーリタイアの実態

働かずに貧乏をするか、働いて贅沢をするのか、どちらを選びますか・・・という質問があったとします。

良い点と悪い点、それぞれが相対していますので、選ぶとすれば究極の選択になってしまいますね。

しかし、実際の場面においては、そのような両極端な選択をする出番は少なく、中間的なものを選ぶように思います。

アーリーリタイアする・しないも、そのような究極の選択として感じませんか・・・。

アーリーリタイアするかしないか

アーリーリタイアも先ほどの、働かずに貧乏をするのか、働いて贅沢をするのかのような究極の選択と同じように見えてしまいます。

リタイアして自由を得る代わりに給与収入は無くなりますので・・・。

自由を取るか、給料を取るか・・・ということに着目してしまうからですね。

しかし、アーリーリタイアすることは究極の選択では無く、本当は、実際の場面で普通に行う中間的な選択なのだと考えます。

実は二択ではないのではないか

サラリーマンとして働くということは、労働力をお金に換金することですから、それはトレードオフの関係にあります。

それはゼロサムですから、両方を得ることは出来ませんので、その割合をどうするかという問題にあるのだろうと思います。

ある人は、〇〇万円あれば十分であっても、別の人は〇〇万円あっても足りないとなりますので、人それぞれ、その割合は違うでしょう。

アーリーリタイアする・しないは両極端な選択のように見えますが、ある人は〇歳まで働けば十分だが、ある人は〇歳まで働いてもお金が足りないという、中間的で妥当な選択であるのだろうと思うのです。

二択ではないのに二択と勘違いしてしまう

働く必要が無くなったから働くことを止める・・・という、本来は自然な判断基準が究極の選択のように思えるのは不思議ですね。

恐らく、みんなが働いているのにリタイアするという、マイノリティーなところが、より究極の選択のように感じさせるのでしょう。

サラリーマンとして働くことに、経済合理性以外の色々なものを含めてしまいすぎなのかもしれません。

例えば、責任感や義務感ですね。

本来、アーリーリタイアすることは究極の選択では無いのですが、それを究極の選択としてしまうことで、不必要に働き続けてしまうのではないでしょうか。

自己紹介

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金融系に勤めるサラリーマンでしたが、早期割増退職金の制度を使って、45歳になった2018年10月末に会社を退職しました。 このブログは退職の1年前から記載を始め、アーリーリタイアを目指すサラリーマンの心境と、アーリーリタイア生活開始後の心境を記載するものです。 家族構成は子供なし、嫁と2人の生活です。
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