テレビを見る時間は増えていないように思いますが、サラリーマン時代は帰社して報道ステーションまたはワールドビジネスサテライトは定番で見ていました。
しかし、最近それらは全く見なくなっています。
ニュース番組はCSになった
アーリーリタイア生活では昼にテレビを見ても、地上波はワイドショーのようなものしかなく、CSのニュースを見ることが多くなります。
CSのニュースは同じ内容を繰り返し放映するので、夜のニュースは見る気がしなくなりました。どうせ同じような内容だろうと・・・。
サラリーマン時代は、ニュースを見ないと時代に取り残されるような気持ちになりましたが、今は取り残されても、それはそれで問題もなく、そのような気持ちもなくなりました。
日産ゴーン会長の事件を聞いて思うこと
そんなCSニュースを見ていると、日産ゴーン会長の事件を繰り返し見ることになります。
そして、色々と考えさせられます。
元いた会社のトップが同じような報道をされると、どのような心境になるのだろうか・・・や、○億円という規模で経理や監査は何をしていたんだろう・・・など。
元いた会社のトップが同じような報道をされると、どのような心境になるのだろうか・・・や、○億円という規模で経理や監査は何をしていたんだろう・・・など。
ゴーン元会長も64歳ですが、月の3分の1ずつを日本、フランス、第三国で過ごしていたとのことです。
恐らく、時間は分単位で、第三国にいても日本やフランスから仕事は入ってくるのだろうと思います。
アーリーリタイアとは真逆の行き方
今回の事件は何が事実で、何が認識相違なのかは分かりませんが、毎年○億円の収入を得た上で、日本とフランスでこれほど名声を得れば、それ以上望むことは無いように感じてしまうのですが・・・。
以前「高齢でもバリバリ働く人の心境を知るため、資産家や政治家の年齢を調査」で、十分に資産を持っている人や、十分に名声を得た高齢者がさらに積極的に働くことを記載しましたが、どこまで行っても無いものねだりをしてさらに上を目指す欲求によるものだろうかと思いました。
普通のサラリーマンの生涯賃金は2億や3億と言われますが、年収10億円も貰えれば、働かなくても普通のサラリーマン以上の生活はできます。
かく言うRanpaも、これ以上働かなくても良いだろうという資金になったので、アーリーリタイア生活となりました。
64歳になって世界を飛び回り、分刻みで仕事をする生活と、45歳でアーリーリタイアする生活のどちらが良いか、それは人それぞれですが、アーリーリタイアもそれなりに良いものですが・・・。
プロセス依存と労働倫理
十分に資産を持っている人や十分に名声を得た高齢者が、さらに積極的に働くことはすばらしいことですが、プロセス依存とまったく無関係なんだろうかと思います。
ゲーム依存やギャンブル依存はそれらにより生活に悪影響が出るものですが、このような刺激にのめり込む感覚は誰にでも持っているものです。
仕事でウハウハな状態になった経験はありませんが、上手くいくとゲーム感覚となって心地よい刺激を感じた経験はあります。
十分な資産を持つ人が高齢になっても働くのは、この感覚があるように思います。
若しくは、特に使うアテが無くても、働けるうちは働いて少しでも資産を拡大しておけば邪魔にならないだろう・・・という不明確な労働倫理によるものだろうかとも思います。
人間はぞれぞれに与えられた、限りのある時間を消費していきます。何に使うかは自由で、永遠に生きることは出来ませんので、それぞれ悔いの無い時間の使い方をしていけば良いのでしょう。
日産の会長は無理でも、アーリーリタイアなら多くの人の手の届くところにあるように思うのですが・・・。
日産の会長は無理でも、アーリーリタイアなら多くの人の手の届くところにあるように思うのですが・・・。