サラリーマンが感じる憂鬱から解放されるには

2019年9月8日日曜日

アーリーリタイアして良かったこと

アーリーリタイアして11ヶ月目になりました。

アーリーリタイアして麻痺してくること」にも記載しましたが、1年近くも会社に行かない生活を続けていると、毎日自由であることに特別感が無くなってきます。

サラリーマン時代の休日は特別なものでしたが、毎日となると普通になってしまいます。

アーリーリタイアは事前に期待をしていた程に特別さは無いものです。

恐らく、サラリーマン時代のマイナス面が無くなる生活というのが正しいのかもしれません。

サラリーマン時代のマイナス面

普通になってくると、リタイア生活はサラリーマン時代と比べて何が良いのだろう・・・と改めて考えてしまうことがあります。

リタイア生活に飽きた訳ではありませんが、時々、改めて比較しなければ忘れてしまう感覚があります。

いちばん有難いことは、何といっても週末の憂鬱が無いことではないでしょうか。

会社で働くのは嫌ではなく、仕事は楽しいと感じましたし、つい残業も長引かせてしまったものですが、家に帰った後は会社に行くのが面倒になります。

特に日曜の夜になると憂鬱になるものでした。

人間は本能的にやりたいことでも理性でコントロール出来るのですが、それにはそれなりの負担があるので、負担を強いられる時間と解放される時間の繰り返しが憂鬱さを生むのではないかと思います。

<参考ブログ>
リタイアが近づくと、連休最後の憂鬱さが全然違う
サラリーマンが感じる日曜夜の憂鬱


嫌なことの裏側には・・・

サラリーマンが会社に行って仕事をすれば、それなりに嫌なことに出くわし、我慢しなくてはならないことが出てきます。

ただ、時々出くわす嫌な出来事はそれほど大したものでもなく、嫌なことがあっても上手くいくこともあり、全体として面白いものであったように思えます。

生きていると山あり谷ありを経験するのですが、悪い時や良い時があるからこそ楽しむことが出来るのではないでしょうか。

もし苦労なく、すべて成功したのであれば面白く無いのかもしれません。

仕事で出くわす嫌な出来事は、サラリーマンにとって大きな負担ではないと思えます。

本当に嫌なこと

アーリーリタイアしてから感じるサラリーマン時代に本当に嫌だったことは、やはり自由時間が奪われたことです。

資産を持たない人は労働力を提供して対価を得る必要があるため仕方の無いことですが、それが最悪にして最大の負担になっていたと考えます。

終わりなく繰り返される自由時間の提供に対し、絶望を感じてしまうことが日曜の夜の憂鬱なのだと思います。

仕事の中身や会社の環境で多少嫌なものがあっても良いことがあれば相殺されるのですが、自由時間の提供についてはサラリーマンでいる間は我慢し続けるしかない避けることの出来ない事実です。

アーリーリタイアして良かったことは、そのように常に感じてきた自由の提供という負担が無くなり、憂鬱にならなくなったことだと思います。

恐らくサラリーマンがこの憂鬱から解放されるには、仕事を辞めて自由時間の提供を止める必要があるので、リタイアするまで解放されないでしょう。

計画的にアーリーリタイアの準備をして、少しでも早くリタイアして欲しいものです。

自己紹介

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金融系に勤めるサラリーマンでしたが、早期割増退職金の制度を使って、45歳になった2018年10月末に会社を退職しました。 このブログは退職の1年前から記載を始め、アーリーリタイアを目指すサラリーマンの心境と、アーリーリタイア生活開始後の心境を記載するものです。 家族構成は子供なし、嫁と2人の生活です。
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